『77年前のピョンヤンで!?』
以下、藤島宇内、小沢有作共著の名著『民族教育―日韓条約と在日朝鮮人の教育問題』の中に、当時平壌で開かれていた『南北政党・社会団体連席会議』に南朝鮮代表の金九の随行新聞記者としておもむいていた記者の以下のような見聞が紹介されている。
『一九四八年四月・・・私は平壌に日本人学校があるとも知らず、駅付近の知人を訪ねる途中、偶然に、「平壌日本人学校」と云う看板を見て、好奇心にかられ中に入った。その学校の・・・副責任者瑞実治(45歳)氏にあい、私共は南朝鮮から来た新聞記者で日本人学校と云う看板があるので実情を知りたいから訪ねたと告げた。・・・この学校は日本人教職員十一名、学生は中学十九名、人民学校(小学校)四十名で創立は一九四六年十二月二十六日である。
学校の財政は、北朝鮮人民委員会財政局で負担しているが、今年度予算だけでも二百二十三万七千円だと云う。この学校に収容された日本児童は、皆日本人技術者の子女で、まだ此処には約四十名程の、日本人技術者達が残っているが、月給は五千円程度で、北朝鮮技術者と同じく最高の給与を支給されている。・・・日本人で平壌に残って居て、道端で或は朝鮮人商店で物を買う時等差別をうけたり、侮辱をうけたりすることはないかときいたら、少しもそんなことはないとのことである。それから、其の方は朝鮮人民の自治能力が優秀であることと、北朝鮮の巨大な産業部門復興には驚嘆するし朝鮮人労働者の愛国的情熱には頭が下がるといわれた。
八、九歳にしかならない幼い日本児童、十余名の「さよなら」といたいけな罪のない善良な彼等の挨拶をうけながら校門をでた。』
ちなみに当時の円を現在の価値に換算するとだいたい155倍程度だそうだ。単純計算で、学校運営財政約3億5千万、給与約77万・・・
今現在、巷を賑わせている『日本人ファースト』が、77年前の平壌で実現されていた!というお話でした。

■ お知らせ【総聯大阪府本部 <祖国解放80周年記念 大阪同胞講演会>】

조국해방80돐을 맞이하여-조국해방80돐과 총련결성70돐,그리고 재일동포-
『祖国解放80周年を迎えて-解放80年と総聯結成70年,そして在日同胞-』
●講師:呉圭祥(在日朝鮮人歴史研究所 所長)
●日時:2025年8月23日(土)
●場所:大阪朝鮮中高級学校 講堂
●資料代:1,000円
※学校に駐車場はございません。車でお越しの方は近隣のコインパーキング等をご利用ください。

第7回もお楽しみに!