
『ノスタルジー、あるいはレトロカラーの色眼鏡』
書き手:文時弘(在日本朝鮮人大阪人権協会 副会長兼事務局長)
子がテレビで「ちびまる子ちゃん」を観ていた。
私が子どもの頃から続くテレビアニメで、ほのぼの家族の日常を描いた微笑ましい作品だ。年を重ねた大人が観れば、どこかノスタルジーを感じさせる、いわゆる大人も子どもも「安心して」見られる内容である。
ノスタルジー。「ちびまる子ちゃん」は、1970年代の静岡県清水市(現・清水区)が舞台となっている。しかし、1970年頃の清水といえば、あることが思い浮かぶ。
「金嬉老事件」――1968年、静岡県清水市で起こり、日本社会に衝撃を与えた有名な事件である。幼少期より貧困と苛烈な差別の中を生きた在日朝鮮人二世・金嬉老は、借金取りの暴力団員2名を殺害し、寸又峡の旅館に人質をとって籠城。日頃より侮蔑的扱いをしてきた警察に対する告発であるとして、その謝罪を要求した。
籠城する様子も含めて、事件はテレビやラジオ、新聞などマスメディアで大きく報道された。事件はのちに、ビートたけし主演でドラマ化もされている(「金の戦争」)。
暴力団員が殺害された現場である歓楽街のクラブ「みんくす」は、ちびまる子ちゃん家族が住んでいた清水の入江地区からほど近い場所にあった。68年に起こったことを考えると、少なからず「まる子」の父母、そして祖父母はこの事件をリアルタイムで見ながら何かを思い、感じていたはずである。あのほのぼの家族たちは、事件を目の当たりにして、いったいどのような言葉を発していたのだろう?
それでも、「ちびまる子ちゃん」の世界の中では、決して事件が描かれることはないだろう。ノスタルジーを切り裂いて立ち現れる、在日朝鮮人の生きたもうひとつの日本社会。
そのようなことを思いながら、テレビを観る子の横顔をみていた。



第4回もお楽しみに!



