今回は、大会が佳境を迎えた9月25日から閉幕までの期間の、各競技における共和国選手たちの活躍の様子をダイジェストでお届けします!

今大会において、在日同胞社会から最も熱い視線と期待を集め、最大のハイライトとなったのが女子サッカー競技です。
9月29日、静岡県の小笠山総合運動公園エコパスタジアムで行われた決勝トーナメント準決勝の相手は、アジアの強豪である中国代表でした。この日のスタジアム周辺は激しい大雨に見舞われ、ピッチには水が浮き、ボールコントロールが極めて困難な劣悪なコンディションでした。
通常、このような悪天候下では緻密なパスワークは機能不全に陥りやすく、ロングボールを主体とした大味なフィジカル勝負の試合展開になることがセオリーとされています。しかし、共和国代表は前半のキックオフ直後から主導権を完全に掌握し、相手の激しい攻勢を冷静かつ組織的なディフェンスで幾度も退けました。特筆すべきは、チーム全体の戦術的規律の高さと、環境適応能力の卓越性です。グラウンダーのパスの強弱を天候に合わせて微調整し、選手間の距離感を緻密に保つことで、中国のディフェンスラインの裏を効果的に突き続けました。
結果として、共和国代表は中国代表を2-0で下し、見事に決勝進出を果たしました。悪天候という不確定要素を完全に排除し、純粋な戦術眼と連携の質で相手を圧倒したこの試合は、チームが過去の経験から学び、いかなる状況下でも自分たちのサッカーを展開できる成熟度を獲得していることを強く印象付けるものでした!

アジア競技大会女子サッカーの決勝戦という大舞台。ピッチで躍動する共和国代表選手たちに熱い声援を送るため、大阪から静岡の「小笠山総合運動公園エコパスタジアム」へ向けて、総勢40人を超える同胞たちが観光バスで駆け付けたぜ(現地直接参加者を合わせると約80人)。
決戦の地へと向かう車内は、出発直後から早くも熱気に包まれていたぜ。「少しでも選手たちの力になりたい」と、バスの中では道中を活かして応援の練習が行われ、車内は大盛り上がり。参加者全員が心を一つにして声を合わせる姿には、同胞社会の強い連帯感と祖国への熱い思いが溢れていたんだな。
そして、「腹が減っては戦はできない!」ということで、途中立ち寄ったサービスエリアでしっかりと腹ごしらえ!
共和国の勝利を信じ、いざ決戦の舞台へ!!

10月2日、同じくエコパスタジアムで行われた決勝戦のカードは、前回杭州大会と同じ「朝鮮対日本」という因縁の対決となりました。日本の精緻なポゼッションとパスワークに対し、共和国は強靭なフィジカル、組織的なハイプレス、そして驚異的な運動量で対抗する構図となりました。
試合は、前半に日本に1点を先行されるという、共和国にとって極めて苦しい展開から幕を開けました。しかし、ここから共和国代表の真骨頂が発揮されます。ビハインドを背負っても決して焦ることなく、陣形をコンパクトに保ちながら怒濤の反撃を開始したのです。持ち前の推進力と、サイドからの鋭く素早い展開を執拗に繰り返し、日本ディフェンス陣に圧力をかけ続けた結果、一時は逆転に成功するという劇的な展開を見せました。
杭州大会の決勝では、失点後にバランスを崩して連続失点を喫するというメンタル面の脆さが見られましたが、今大会ではリードを許してもチームが全く崩れず、逆に相手を押し込むだけの精神的強靭さと戦術的な修正力を世界に見せつけました。これは、パク・ソンジン監督の卓越した指導のもと、チームが複数のゲームプランを完全に血肉化している証左に他なりません。
最終的に試合は同点のまま規定時間を終え、勝負の行方はPK戦へと委ねられました。極限の緊張感の中で行われたPK戦の末、3-5で惜しくも敗れ、共和国代表は準優勝で大会を終えることとなりました。あと一歩届かなかった悔しさから、ピッチ上に崩れ落ち、涙に暮れる若き選手たちの姿がありました。しかし、その時、スタジアムのゴール裏を中心とした一角を埋め尽くした約1,800人の同胞応援団から、選手たちを包み込むような温かく、そして力強い歌声と声援が惜しみなく送られたのです。
勝敗という結果を超えて、祖国のために死力を尽くした選手たちと、それを誇りに思う在日同胞が完全に一つになったこの瞬間は、スポーツの枠組みを超えた民族的連帯の極致であり、今大会屈指のハイライトとして、同胞たちの記憶に永遠に語り継がれる歴史的場面となりました!

男子サッカー代表チームも、強豪ひしめく今大会で大きな足跡を残しました。
迎えた9月26日、愛知県の豊田スタジアムで行われた準々決勝の相手は日本代表でした。試合は立ち上がりから共和国代表が前線から激しいプレスをかけ、パスをつないで縦へ鋭く仕掛ける展開となりました。前半36分にはチェ・グク選手が決定機を迎えますが、惜しくも日本GKの好守に阻まれます。その直後の前半39分に先制点を許し、0-1で前半を折り返しました。
後半に入っても決して攻勢を緩めることなく、カウンターやサイドからの攻撃、さらには中央突破を織り交ぜて反撃を試みました。立て続けにコーナーキックを獲得するなど、終盤まで幾度も決定機を創り出して同点ゴールを狙いましたが、最後まで相手のゴールをこじ開けることができず、0-1で惜敗しました。
準決勝進出こそ逃したものの、強豪を相手に最後まで堂々と渡り合い、ベスト8という成績を残した男子代表の奮闘は、同胞社会に確かな感動と誇りをもたらしました。

共和国が世界に誇る最強の「お家芸」といえば、疑いなくウエイトリフティング競技です。
9月25日以降の後半戦においても、その強さは他国の追随を全く許さない次元に達していました。今大会、共和国はウエイトリフティング競技において合計7個の金メダルを獲得するという、他を寄せ付けない驚異的な成績を収めています。
名古屋市の中小企業振興会館(吹上ホール)で行われたウエイトリフティング競技は、連日、共和国選手たちの「独壇場」と化していました。
9月25日には女子57キロ級でオ・グァンオク選手がトータル238キロの世界新記録を樹立して金メダルを獲得し、同日の女子61キロ級ではパク・チネ選手がスナッチ109キロの世界新記録をマークして銀メダルを手にしました。
翌26日には、男子70キロ級のリ・ウォンジュ選手がトータル349キロの世界新記録で金メダルに輝き、男子75キロ級のリ・チョンソン選手もスナッチ162キロの世界新記録を出して銅メダルを獲得しました。
その勢いは止まらず、27日には女子69キロ級のソン・グクヒャン選手がトータル273キロの圧倒的な世界新記録で金メダルを獲得し、競技終盤の28日には男子85キロ級のロ・グァンリョル選手がトータル379キロの世界新記録で金メダルリレーの最後を締めくくったのです。
表彰式を終えた後、共和国ウエイトリフティングチームが同胞応援団の客席まで上がってくるサプライズもありました。
これらの尋常ではない結果を、単なる「個人の才能」として片付けることは到底できません。そこには、共和国独自の高度な科学的トレーニング体系と、国家的な育成システムが確固として存在しています。
彼らの圧倒的な強さは、そのような構造から生み出された必然の結果であり、世界最強の地位は今後も揺らぐことはないでしょう!

ウエイトリフティングと並び、今大会で共和国の存在感を世界に知らしめたのがレスリング競技です。特に女子勢の活躍は目覚ましく、計5個の銀メダルを獲得するという大躍進を遂げました。
今大会のレスリング競技、いや、大会全体を見渡しても、世界中のスポーツメディアを最も驚愕させたニュースの一つが、10月3日に名古屋市稲永スポーツセンターで行われた女子57キロ級におけるソン・イルシム選手の試合でした。
ソン・イルシム選手は、パリオリンピックの金メダリストであり、公式戦において「155連勝中」という前人未到の記録を保持していた日本の藤波朱理選手を撃破するという、歴史的な大番狂わせを演じたのです。藤波選手の「155連勝」という数字は、単なる強さの象徴ではなく、国際レスリング界において「誰も勝てないアンタッチャブルな絶対王者」として神格化されていたことを意味します。その伝説に終止符を打ったのが、共和国のソン・イルシム選手でした。
ソン選手がこの大偉業を成し遂げた背景には、卓越した身体能力はもちろんのこと、相手の戦術を完全に無効化する緻密な戦略とインテリジェンスがありました。藤波選手特有の電光石火のタックルや、グラウンドでの圧倒的な展開力を徹底的に研究し、自分の間合いとタイミングでポイントを奪い取ります。これは、ソン選手個人の能力にとどまらず、共和国のレスリング代表チームが映像分析や対戦相手のデータ解析において、世界最高水準の分析力を有していることを強く示唆しています。相手の強みを消し、自分たちのレスリングを貫徹するメンタルの強さが、この歴史的勝利を引き寄せたのです。
ソン選手は決勝で中国のホン・ケシン選手に敗れ、惜しくも銀メダルとなりましたが、この絶対王者を破った事実は、アジア競技大会の歴史に深く刻まれる偉業となりました。
ソン選手以外にも、共和国のレスリング陣は連日のように決勝へと進出し、見事な成績を収めています。以下は、レスリング競技におけるメダル獲得状況です。

競技日:9月30日
階級:女子68キロ級
選手名:パク・ソルグム
メダル:銀
備考:2025年世界選手権王者の日本の石井亜海選手と接戦の末敗退

競技日:10月1日
階級:女子62キロ級
選手名:キム・オクチュ
メダル:銀
備考:1回戦から力強い勝ち上がりを見せ決勝進出

競技日:10月2日
階級:女子50キロ級
選手名:キム・ソンヒャン
メダル:銀
備考:安定した実力を発揮して銀メダルを獲得

競技日:10月3日
階級:女子57キロ級
選手名:ソン・イルシム
メダル:銀
備考:準決勝で藤波朱理選手の155連勝を止める歴史的勝利

競技日:10月3日
階級:男子57キロ級
選手名:ハン・チョンソン
メダル:銀
備考:2大会連続で銀メダル

これらの結果から明確に導き出されるのは、共和国のレスリングが、特定の階級や一部のスター選手に依存しているのではなく、軽量級から中量級にかけて極めて厚い選手層を構築しているという事実です。決勝で惜敗したとはいえ、常に表彰台の頂点を争う位置に複数の選手を継続して送り込める組織力と育成システムは、次回の国際総合競技大会や世界選手権に向けて、さらなる飛躍を確信させるものです!

10月1日、愛知国際アリーナで行われた柔道競技では、女子勢がメダルを獲得し、共和国の意地を見せました。
女子63キロ級に出場したキム・ジヘ選手は、冷静かつアグレッシブな試合運びで順調に決勝まで進出し、銀メダルを獲得しました。また、女子57キロ級のキム・ヒョナ選手、女子70キロ級のムン・ソンフィ選手もそれぞれ激戦の敗者復活戦や3位決定戦を勝ち抜き、見事に銅メダルを首にかけました。
一方で、男子60キロ級に出場したアン・シンヒョク選手は、16強の舞台で延長戦(GS)の末に敗退し、世界の壁の厚さを痛感する結果となりました。柔道という競技は、一瞬の判断ミスやメンタルの揺らぎが即座に敗北に直結するシビアなスポーツです。その中で、確実にメダル圏内に食い込んでくる女子選手たちの勝負強さと精神的なタフネスが際立つ大会となりました!

ボクシング競技においては、女子54キロ級のパン・チョルミ選手が持ち前の強打とディフェンス技術を見せつけました。9月29日、ダイセンアリーナ西尾(愛知県)で行われた準決勝において、パン選手は中国の趙軒選手を相手に判定5-0という、ジャッジ全員が支持する圧倒的な強さで完勝し、決勝進出を決めました。パン選手の強固なガードと、相手の打ち終わりに合わせる的確なカウンターパンチは、相手に付け入る隙を全く与えませんでした。
決勝ではタイのナタニチャ・チョンプロングクラング選手に判定1-4で敗れ、銀メダルを獲得しました。
女子65キロ級のファン・ヒョスン選手は、準決勝で中国台北の陳念琴選手に判定2-3で惜敗。決勝進出はならなかったものの、堂々の銅メダルを獲得しました。
51キロ級のアン・クムビョル選手と60キロ級のウォン・ウンギョン選手は、いずれも8強で敗れ、準決勝進出を逃しました。
このボクシング競技において、我々在日同胞にとって非常に感慨深いエピソードがあります。9月28日、WBOアジア・パシフィック・スーパーライト級王者であり、大阪朝鮮高級学校出身のプロボクサーである李健太選手(帝拳ジム所属)が、共和国代表の宿舎を訪問し、選手たちを直接激励したのです。
同じ拳闘という過酷な競技に打ち込み、日本のプロボクシング界のトップレベルで戦う同胞の先輩からの直接の激励は、パン選手をはじめとするボクシング代表チームに計り知れない勇気と闘志を与えたに違いありません。祖国から遠く離れた日本という地で戦う選手たちにとって、このような「人と人との生きた交わり」が、リング上でのパフォーマンス向上に直結します。これこそが、同胞社会が存在する日本での開催だからこそ生まれた、国際大会ならではの感動的なドラマです!

9月26日、東京アクアティクスセンターで行われた女子10メートル高飛び込みのシンクロ競技において、チョ・ジンミ選手とキム・ミレ選手のペアが息の合った見事な演技を披露し、銀メダルを獲得しました。飛び込み競技において「絶対的存在」として君臨する中国勢に次ぐ堂々たる成績であり、パリオリンピックでの同種目銀メダル獲得の実力をアジアの舞台でも改めて証明しました。
さらに9月29日、同会場で行われた女子10メートル高飛び込みの個人戦(予選・決勝)では、チョ・ジンミ選手が美しい空中姿勢と入水を見せ、見事に銅メダルを獲得しました。一方、キム・ミファ選手は4位でした。
東京の会場には関東地域在住の同胞たちや、東京都内の朝鮮学校の児童・生徒たちも大勢応援に駆けつけました。伝統的に強い格闘技や重量挙げだけでなく、水泳・飛び込み競技のような美しさと精緻さを競う採点競技における継続的なメダル獲得は、共和国のスポーツ強化が多岐にわたる分野で着実に実を結んでいることを証明しています。そして何より、東京の地で同胞たちの声援を背に受けた飛び込み陣の活躍は、関東一円の同胞社会に大きな感動と勇気を与えました!

三好池カヌー競技場で行われたカヌー・スプリント競技にも共和国の選手たちが出場し、力の限りのパドリングを見せました。
9月25日に行われた、女子カナディアンペア500m(C2-500m)には、チャ・ウニョン選手とチョン・イェソン選手のペアが出場し、準決勝を2位で通過する健闘を見せましたが、決勝では9位となりました。
メダルにはあと一歩届かなかったものの、この競技の裏側では、在日同胞社会と祖国のつながりを感じさせる感動的なエピソードがありました。今回、朝鮮選手団のボランティアとしてカヌー代表チームを担当した同胞青年の言葉です。「初めて顔を合わせた時、とても緊張したのをよく覚えている。祖国の人たちと初めて直接会うことになったからだ」。
そして競技を終えた選手たちが祖国へ帰る日、みんなで撮った記念写真を贈ると、別れを惜しむ選手が「祖国のために尽くす道でまた会いましょう」と語りかけ、「絶対にまた会おう」と約束し合ったそうです。
このような国際大会は、日本で生まれ育った若い世代の同胞たちが祖国の選手たちと直接触れ合い、生きた絆を育む非常に貴重な機会にもなっています!

陸上競技においては、9月25日に男子100メートル準決勝に出場したチョ・グムリョン選手が、強豪ひしめく組の中で最後まで力強く走り抜き、10秒54を記録しました。惜しくも組8位となり決勝進出には届きませんでしたが、レース後には同胞応援団のもとを訪れ「自分のために大きな声援を送ってくださり、本当に感謝している」と語り、在日同胞との温かい交流を見せました。
一方、26日に行われた男子マラソンにはハン・イルリョン選手とチョン・デホ選手が、女子マラソンにはパク・ソルギョン選手とチョン・スギョン選手が出場しました。
ハン・イルリョン選手は、2023年の杭州アジア大会で2時間13分27秒を記録して銀メダルを獲得し、さらに2025年3月に中国の無錫で開催されたアジアマラソン選手権大会では2時間9分42秒というタイムで金メダルを獲得して見事アジア王者に輝いた実績を持つ、今大会屈指の実力者でした。
レースは名古屋市瑞穂公園陸上競技場を発着点とする42.195キロの市街地コースで行われました。各国の強豪がひしめき、気象条件も決して容易ではない中で、結果は4位と13位(男子)、6位と7位(女子)で今回は惜しくもメダルには届きませんでした。
しかし、祖国の誇りと同胞たちの期待を一身に背負い、最後まで諦めることなく駆け抜けた両選手の力走は、結果という数字以上に、沿道で声を枯らして応援する人々の心を強く打つものでした!

一宮市総合体育館で行われたバドミントン競技にも、共和国代表選手が出場し、世界の強豪に挑みました。
9月25日に行われた女子シングルス1回戦にはユ・ミソン選手が出場しました。バドミントンは原則として1ゲーム21点先取の3ゲームマッチで、2ゲームを先取した選手が勝利するルールで行われます。ユ・ミソン選手はインドの選手と対戦しましたが、0-2で惜しくも敗退しました。
また、同日に行われた女子ダブルスには、ユ・ミソン選手とキム・ジニャン選手のペアが出場しました。こちらもタイ代表のペアを相手に0-2で敗れ、初戦敗退となりました。
26日は、キム・ジニャン選手が出場しました。1回戦は不戦通過だったキム選手にとってシングルス初戦となりました。
キム選手は元世界チャンピオンで現世界ランキング5位のタイ代表、ラチャノック・インタノン選手と対戦。ゲームカウント0-2で敗れる結果となりました。
今回はアジアの壁に阻まれる結果となりましたが、最後まで諦めずにシャトルを追い続けた選手たちの経験は、今後のさらなるレベルアップへとつながっていくことでしょう!

過去のアジア競技大会において、共和国が最も多くの金メダル(通算41個)を獲得してきた伝統的な「お家芸」が射撃競技です。直前の杭州大会では思うような成績を残せず苦杯をなめましたが、今大会では復活への力強い兆しを見せました。
中でも特筆すべき活躍を見せたのが、女子25mピストルに出場したキム・ヒョンスク選手です。9月27日の個人本選(前半:精密射撃)を4位という好位置で通過すると、翌28日に行われた個人ファイナル(決勝)では、極限の集中力を発揮して34HIT(的中)をマークするという見事なパフォーマンスを披露して見事、銅メダルを獲得しました。
かつての栄光を取り戻すべく、一発一発に魂を込めて的を射抜く選手たちの姿は、今後のさらなる飛躍を予感させるに十分なものでした!

9月29日、名古屋市内の同胞飲食店にて、「第20回アジア競技大会に出場した朝鮮卓球選手団を歓送する集い」が行われました。
在日本朝鮮人卓球協会が主催したこの集いには、選手団7人のほかに卓球協会関係者など30人が参加し、選手たちの健闘を称えました。
キム・ユンミ監督はあいさつで「12歳と21歳の時に選手団として訪日して以来、今回は監督として3回目の訪日となった。日本に来る度に思うのは、同胞たちがいるから力が湧き上がるということだ。応援が力となり試合に臨めている」と語りました。
参加者たちが和気あいあいと話に花を咲かせる中、卓球協会のリクエストに応えてウ・デリョン選手が祖国の歌である「祖国と私の運命(조국과 나의 운명)」を熱唱し、会場は歓声と拍手に包まれました。また、主催側から各選手に対し、それぞれの競技中の写真を集めた特製アルバムがプレゼントされ、ウ選手は「このように自身の写真が集められたアルバムはもらったことがない。(帰国後に)写真を見返しながら、日本に住む同胞たちのことを思い返すだろう」と大変喜んでいました。
このような交流は、厳しい勝負の世界を戦い抜いた選手たちにとって何よりの癒やしとなり、同胞社会との絆を深く刻み込むものとなりました!

10月4日の18時、16日間にわたる第20回アジア競技大会のすべての競技日程が終了し、熱戦の幕を下ろす閉会式が名古屋市瑞穂公園陸上競技場で行われました。
地元・名古屋市出身の映画監督である堤幸彦氏が総合演出を務めた閉会式は、「HEART BEAT Aichi-Nagoya」というコンセプトのもとに行われました。式典のハイライトとなった「ミックス入場」では、国や地域の垣根を越えて選手たちが入り混じってスタジアムを行進しました。
その中で、ひときわ強い輝きを放っていたのが共和国代表団の姿です。「力を合わせ、アジアの空に国旗をはためかせよう」というスローガンを見事に体現し、今大会で14競技に出場して金7、銀13、銅9の計29個のメダルを獲得した選手たちは、誇らしげに共和国旗を掲げて行進しました。共和国選手団からは、レスリング男子グレコローマン67キロ級に出場したソン・マングァン選手が旗手を務めました。
そして特筆すべきは、今大会には2人の在日同胞選手が朝鮮代表として出場した事です。日本で生まれ育ちながらも、祖国のユニフォームを身にまとい、本国の選手たちと寝食を共にしながら世界のトップアスリートたちと戦った経験は、彼らにとってかけがえのない財産となりました。
閉会式を見守る在日同胞たちにとって、祖国の選手たちと在日同胞選手たちが肩を並べて立つ姿や、大会を通じて共に挑んだ光景は、民族の血のつながりと「運命共同体」としての絆をこれ以上なく強く実感させるものでした。
次回の2030年開催地であるカタール・ドーハへの引き継ぎ式が行われた後、大会の象徴であった聖火が静かに消灯され、愛知・名古屋大会はその幕を閉じました。厳しい勝負のプレッシャーから解放され、互いの健闘を称え合う選手たちの姿は、同胞社会に大きな勇気と感動を残し、次なる国際舞台でのさらなる飛躍を誓う美しいフィナーレとなりました!

2026年9月19日に開幕し、愛知県名古屋市を中心に国内各都市で開催された第20回アジア競技大会は、10月4日をもって16日間にわたる熱戦の幕を閉じました。
第20回アジア競技大会における共和国代表団の活躍は、金7、銀13、銅9というメダル獲得数の多寡という表面的な数字以上の、極めて深い重みを持っていたと言えます。
ウエイトリフティングにおける無類の一強体制の確立と世界新記録の連発、レスリングにおける「絶対王者」の撃破、そして女子サッカーにおける戦術的な洗練と不屈の精神。これらはすべて、共和国のスポーツ界が世界の最先端の潮流を正確に捉え、独自の強化方針と国家的なバックアップのもとで、それを凌駕しようとしている確固たる証拠です。
2023年の杭州大会から今回の愛知・名古屋大会へと続くこの数年間で、共和国は国際スポーツ界における自らの確固たる地位を再構築し、さらなる高みへと到達しました。
今大会で得た最大の収穫は、若い選手たちが極度のプレッシャーの中で世界のトップアスリートとメダルを争う経験を積み、さらなる成長へのモチベーションを獲得したことでしょう。そして、その激闘の過程で在日同胞たちと分かち合った喜び、悔しさ、流した涙は、今後の厳しいトレーニングを乗り越えるための最強の精神的支柱となるはずです。
共和国の選手たちが、この日本の地で流した尊い汗と涙、そしてスタジアムに響き渡った同胞たちの熱狂的な歓声は、次なるオリンピックや世界選手権といった大舞台でのさらなる飛躍に向けた、力強く輝かしいプロローグです。我々在日同胞は、これからも誇り高き共和国代表選手たちの飽くなき挑戦を、熱い連帯の念と共に見守り、全身全霊で応援し続けるでしょう!

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ついにアジア競技大会が閉会しました。
共和国代表選手たちと関係者の皆様、そして歓迎や応援に情熱を注いだ在日同胞の皆様へ、心からの拍手を送ります。

10月18日~24日かけて第5回アジアパラ競技大会が行われるぜ!
共和国の選手は16日~17日にパラ卓球に出場するので、わいも応援に行くで行くでー!필승조선!!